新型コロナウイルス感染拡大防止のための記事です。
教会に来れない方々は、この礼拝順序と説教の要旨を見ながら、礼拝が行われる同じ時間に合わせて、それぞれの場所でも、共に礼拝を捧げますよう、お願いいたします。

2020年5月3日
復活節第4主日礼拝順序


           

前 奏 

招 詞  

讃美歌    83

主の祈り  (93-5 A) 讃美歌のp.148

詩編交読 詩編 詩編118112

     讃美p.129  (単独p.133)

讃美歌    358

聖 書  イザヤ書6215

          (旧p.1163

ヨハネによる福音書211525

           (p.211)

  祷           

使徒信条 

讃美歌  323 

説 教 「心は一つ、使命も一つ」

                          牧師 金南救

祈 祷

讃美歌   458        

役員任職式 

献 金

報 告

頌 栄     29

祝 祷        

後 奏

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20200503我孫子教会説教

旧約 イザヤ6215

新約 ヨハネ211525

説教題:「心は一つ、使命も一つ」

 

主は、食事の後、ペトロにお聞きになりました。

「わたしを愛しているか?」

この質問は、わたしたちの心の中に大きい響きをもたらします。主からこの質問を受けたら、皆さんはどう答えますでしょうか。

 

ペトロは、「わたしが愛することを、あなたがご存じです。」と答えました。

ヨハネ133638(ペトロの離反の予告)に書かれているペトロの言い方とは全く違います。「あなたのためなら命を捨てます!」とはっきり言っているこの高言とはまったく違うのです。

 

でも、ペトロの心は、おそらく、13章のところも、今の21章のところも主を愛するこころは変わらなかったと思います。しかし、彼は自信がなくなったでしょうか、「主がご存じです。」と言いながら、はっきり答えられなかったです。

こころは変わらなくても、実際にそのこころについていけない自分があるのを分かったからでしょう。(マルコ14:38マタイ26:413度目の質問をうけて、悲しくなったのもこの故でしょう。人間という存在は、このように、簡単ではありません。

 

「あなたはわたしを愛しているか。」

わたしたちは、みな、主を愛するこころは一つでしょう。迷うわたしたちを招き、愛してくださった主の御心を、わたしたちは十分に経験しているからです。迷うわたしたちを主の子として受け入れてくださった方が主だからです。

 

このように、主を愛するこころは確かなのに、わたしたちは、弱いです。今日の聖書個所のペトロのように弱くて誘惑に陥ってしまう罪深い者であることを否定はできません。

 

しかし、主は、知っておられます。そういう私たちを分かってくださいます。

「主がご存じでしょう」というペトロの言葉は、事実です。主は、ペトロが離反するのも知っておられましたが、ペトロの主を愛するこころが変わっていないこともご存じでした。

 

イエスさまは、ペトロの心を十分に知っておられましたが、ペトロにわざわざお聞きになり、彼の自らの口で告白させます。彼の弱さによって、三度も離反したから、三度も言わせたかもしれません。この告白によって、離反の時の罪を乗り越えて、その根本にある弱さを乗り越えて、再び、立ち上がらせるために。

 

わたしたちも、毎回の礼拝の中で、私たちの信仰を告白します。主が下さった信仰なので主はわたしたちの信仰を十分に知っておられますが、また、その信仰を主は私たちに言わせます。私たちは、私たちの信じる信仰を、愛するこころを告白することによって、主との関係を確かめます。わたしたちが、ただの罪びとに過ぎない存在ではないことをまた確かめるのです。

 

 

主は、ペトロのこころを確かめた後、使命を与えてくださいました。

「わたしの羊を飼いなさい。」

この使命はただの命令ではありません。愛の確認の後のみ言葉ですから、これは、この愛の表現として読むべきです。主に向かう愛を表現する方法、それは、私たちに与えられた主の羊を飼うこと、世話をすること、即ち、愛することです。主は、「この人たち」以上に主を愛するその愛をもって、「この人たち」を愛しなさいとおっしゃったのです。(15節)

 

これがわたしたちに与えられた使命です。愛することによって、愛することです。

 

心は一つです。主に対するこころは、「愛」その一つです。

従って、与えられた使命も一つです。「愛すること」です。

 

 

私たちは、大変な時期を過ごしています。

今までの生活とはまったく違う時です。

しかし、こういう時期でも、することは一つでしょう。

主を愛し、主の人々を愛することです。

互いに仕えあうことです。

 

時には、弱い私たちの姿が出てきても、聖霊を求めつつ、主に委ねつつ、一歩一歩踏み出してまいりましょう。